東京高等裁判所 昭和37年(う)925号 判決
被告人 池田林治
〔抄 録〕
論旨第一点の一の(二)、同二の(一)及び(二)並びに第二点の一及び二について
原判決が、判示田中健男が「偶々自車の右側に道路右側吉崎学園側歩道より交さ点内を横断すべく進出して来た」との事実及び被告人が右田中建男に「自車の右中央部附近を接触転倒させた上同人の頭部を自車の右後車輪にて轢圧し」たとの事実を認定判示していることは所論のとおりである。そして所論は、(1)原判決の挙示する証拠を以てしては右各判示事実を認定することはできず、原判決には判決に理由を附せない違法がある。(2)もつとも、原判決挙示の証拠中検視調書及び死体検案調書中には、右各判示事実に符合する伝聞にかかる第三者の供述又はこれに基く意見の記載があるので、原判決はこれらを証拠として右各事実を認定したものと考えるほかないが、右検視調書及び死体検案調書は、検察官から田中健男の死亡原因、死体の損傷の程度等を立証するため証拠調の請求があり、弁護人はこれに対し立証趣旨を右に限定して証拠調をすることに同意したのであつて、伝聞にかかる第三者の供述又はこれに基く意見の記載部分は証拠とすることができないのであるから、結局原判決には証拠能力のない証拠を以て事実を認定した違法がある。(3)原判決認定のように、被告人が田中健男に自車の右中央部附近を接触転倒させた上、同人の頭部を右後車輪で轢圧し、因て同人をして頭蓋骨挫滅骨折により即死させたとすれば、本件自動車の車体にその衝突の痕跡が残り血液が附着するのが普通であるのに、本件自動車にはそのいずれも認められないのであるからそのような場合もあり得るか否か鑑定をなすべきであり、この点についての弁護人の鑑定申請を却下してなされた原判決には審理不尽の違法がある。(4)原判決が、田中健男の死亡が、被告人の運転する自動車に接触転倒し、頭部を右後車輪で轢圧された結果であると認定したのは事実の誤認であり、仮にそうでないとしても、田中健男の自動車との接触前の行動が不明である以上、被告人がどのような注意をして運転したら本件事故を防止できたのかも不明であつて、被告人に過失犯の責任を負わせることはできず、被告人に過失があると認定した原判決には事実の誤認があるというのである。
よつてまず記録により原判決の挙示する証拠を検討してみると、所論指摘の原判決判示事実中判示田中健男が「吉崎学園側歩道より交叉点内を横断すべく進出して来た」との点及び被告人が同人に接触させたのは判示貨物自転車の「右中央部附近」であるとの点については、右証拠のみを以てしてはこれを確認し得ないものといわざるを得ない。もつとも所論検視調書中の判断及びその理由の欄、死体検案調書中の死亡前後の状況及び検案所見に対する考察の欄には、それぞれ被害者が車道に足を踏み入れたところ右折してきたトラツクの右後車輪に接触したものであると伝聞した趣旨の記載があり、原審第五回公判調書によれば被告人は何等制限を加えることなく右検視調書及び死体検案調書を証拠とすることに同意している(原審第三回公判調書によれば、検察官は冒頭陳述として、本件被害者が死亡したことをこれらの書証により立証する旨述べているのでこれを立証趣旨の陳述と解するとしても、被告人の同意がある以上原則として裁判所はその立証趣旨に拘束されることなくこれを事実認定の資料となし得るものと解するのが相当である)のであるが、記録上本件事故の目撃者である田中みき、藤田春男、小寺孝之は、いずれも原審において証人として田中健男が貨物自動車と接触する前の行動については分らない旨供述しているのであつて、右検視調書及び死体検案調書中の伝聞にかかる事実の記載は信用力に乏しく、この記載の部分はその書面が作成されたときの情況を考慮し相当でないものとして、証拠とはなし得ないものというべきである。してみると原判決は、本件犯罪事実中の重要な点と認められる前記田中健男の貨物自動車と接触する前の行動及び同人が接触した貨物自動車の部位につき証拠によらないで認定した違法があり、判決に理由を附せなかつたものとして破棄を免れない。
(長谷川 関 小林信)